やさしいハワイのブログ

ゆるめのハワイ情報と、子育て、コーチング&心理学、アートの話など織り交ぜて書いてます♪

不完全を受容する  (のは簡単じゃない)

タイトルから、

 

「完璧でないのが当たり前です。受け入れましょう」

的なことが、素敵に書かれてると思った方、ごめんなさい。

 

まだ、悟りの境地には至っておりません! 笑

そちらへの旅路には、あると思うんですけどねー。

 

あ、アロハー!

ハワイから、ゆるハワイネタや心理学・コーチングについて綴っています。

はちまるです。

 

f:id:yasashii808:20200531072451j:plain

時々思い出すんですよね、

これまで出会ってきた、天性のコーチたち。

 

コーチがなりわいではないけれど、

心理や行動の関係を学んでいるわけではないけれど、

すっと気づきを促すような

キラークエスチョンを投げてくる人たちです。

 

前に書いた、高校時代のボーイフレンドもそうでした。

変なこと聞くけど.... - やさしいハワイのブログ

 大学時代の友達、S君もそうでした。

 

S君とは、大学2年の夏に出会いました。

 

私が通っていた大学は、毎年50人くらい、

イギリスにある提携大学の夏期講習に送り出していて、

私もS君もそのメンバーでした。

 

異国でのひと夏を、

みっちり一緒に過ごすわけですから、

当然めっちゃ仲良くなり、

サマースクールが終わってからも、

仲良しグループ4、5人でよくつるんでいました。

 

福岡の大学生です。

甘い缶チューハイを飲んで気持ちよくなった後は、

大濠公園に行って夜のサイクリングをしたり

(↑福岡の学生のメジャーな移動手段=チャリ)

 

ギターを持ち込んで歌ったりしていました。

(↑青春か!)

 

ちなみにその当時、夜の大濠公園には、

トランペット吹きやサックス吹きもいて、

いい雰囲気でした。笑

 

で、ある日私は、

「やっぱりオラ、アメリカにいきてえ」

アメリカに留学するわけですが

(はしょりすぎ)

 

そこで、わたくし、

コテンパンにやられました。

 

小さい頃から海外で暮らしていたわけではないので、

それまで身につけてきた英語力では

到底、大学生活に対応できなかったんですよね。

 

 

買い物などの日常生活はサバイバルできても、

講義には全くついていけませんでした。

 

最初の数ヶ月はたしか、

授業中に一回も発言してないんじゃないかな。

 

理由はおそらく、 それまで、

「英語の勉強」はしてきたけど、

「英語で勉強」はしてなかった、

からだと思います。

 

英語で理解した情報を、英語でまとめ

英語で発信するということに慣れてませんでした。

 

「自分の意見」の作り方も知らなかったです。

情報を覚えて、それをそのままアウトプットする、

このパターンの勉強ばかりしていたからだとおもいます。

 

アメリカの大学の講義で、発言できない人は

存在していないも同然です。

(授業への貢献度も評価の一つ)

 

理解できないし、発言もできないので、

どんどん、授業が面白くなくなりました。

  

それまでは(日本で学生をやってた頃は)、

英語が好きで、得意だったし、

英語が得意なことが

アイデンティティの一つでもあったので、

そこが崩れるのがしんどかったです。

 

講義も散々でしたが、さらに辛かったのが

先生から課されるグループワークです。

4、5人で一緒に宿題をするのですが、

留学生の自分は「おみそ扱い」だったため、

これがマジできつかったです....

 

余談:20年前ですが、アメリカの大学では生徒がパワーポイントを使って発表するのが当たり前でした。みんな高校時代からPCに慣れ親しんでいました。私が通っていた日本の大学は、まだレポートも板書も手書きが主流で、授業にパソコンを持ち込んでいる人は少数。グループワークで一緒になったアメリカ人に「パワポできる?」と聞かれて「できない」って言うのがとても恥ずかしかったし、みんなの「ええ?」という表情は忘れません。

  

英語もパワポも未熟で半人前の自分が、

どこで貢献したらいいのか、

見当もつきませんでした。

 

ポジティブ心理学を学んでいる今ならわかりますが、

 

英語ができる自分

授業がわかる自分

貢献できる自分

 

何かができる自分に価値があると感じていたから、

それがある自分が好きだったから、

 

「そうじゃない自分」が、

受け入れられなかったですね。

 

「条件付きの自己肯定感」というやつです。

条件付きの自己肯定感は、

うまくいっている時はいいけど、

状況が悪い時にワークしない、

この典型例だったと思います。

(もひとつ言うなら、「fixed mindset」でした)

 

「わからないから教えて欲しいな」

 

と素直に言えればよかったのですが、

「わからない自分には価値がない」

「こんな私とグループを組みたい人なんていない」という

ネガティブスパイラルにはまっていました。

 

わからないことが苦痛で、

できない事がバレるのも怖かったので、

次第に授業にいくのも億劫になり、

小テストや宿題も放棄しつづけた結果、

「F」(落第)を連発。笑

 

交換留学なのに、単位が互換できません。w

 

余談:同時期に学んでいた、東大からの留学生が、「こっちの授業簡単すぎるよね」と言っていたのにも、相当凹みました。アメリカの授業は番号で難易度を示してあるのですが、その子は300番台、400番台の授業で「オールA」をとっていて、私は「101」という、超初心者レベルの授業ですら、苦戦していました。

  

で、はい、長くなりました。

ここでSくん登場です。

 

うまくいかないのが面白くなくて、

一方で、ルームメイトやボーイフレンドと遊ぶことだけは覚えて、

だんだん不良学生化していたのですが、

たまたまSくんがメールをくれたのです。

 

S:「どうなの?最近」

 

は:「これこれこんな感じで、もう全然授業にはついていけないし、面白くないし、本当にダメ。悲しい。」

 

で、帰ってきた返信。

 

S:「そっか...」

 「でもさ、最初からそれができるんだったら、留学しなくてよかったんじゃない?」

 「なんのために、アメリカに行ったのかな?」

 

これ、本当に心に刺さりました。

 

そっか、最初からアメリカ人のようにできるのなら、

わざわざ留学する必要なんて、ないよね。

 

まだ、できないけれど、できるようになりたい

 

だから、そのプロセスを選んだのです。

 

勝手に、高すぎるセルフイメージの中で苦しんでいた自分が見えました。

今まで、「よいこちゃん」の枠の中でバッチリやってきたので、

「できない自分」を受け入れられず、抵抗(逃避)していたんですね。

 

で、この投げかけには本当に感動して、

実家の母とかにも電話して、話したことを覚えています。

そして、20年たった今でも、こうして覚えているくらい、

私の中で大切な大切なやりとりでした。

(「その質問、何年も効くよ、ボディブロー」。一句できた。)

 

あ、ただですね、すぐに素行の悪さが改善して、

無条件の自己肯定に至った、

わけではありません。笑

(この後も条件付きの自己肯定感がいろいろやらかします)

 

でも、

 

そうだった!私は、英語ができること、

授業について行けること、いい成績を取れること、

これを証明するために、アメリカにきたんじゃなかった。

 

と気づき、大きな転機となりました。

(↑考えてみれば当たり前なんだけど笑。)

 

 

 というわけで、 Sくん、本当にありがとう〜!!!!

本人に自覚はないだろうけど、

コーチ的な関わりをしてくれた友人の話でした!

 

今日も読んでくれてマハロ!

また、遊びにきてね!


ハワイ州ランキング